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Wednesday, July 14, 2010

What is Life? 集中講義「捕鯨問題」(その3)



さて、前回は、ザ コーブという、イルカ漁に関する映画について、ご紹介致しました。

本日は、サミぃの「捕鯨問題」に関する考えを示します。まず、それを示す前に、サミぃは生き物博士であり、What is Life?は、

(1)生き物とは、そもそも何なのか
(2)人間が生きるためには、何が必要なのか
(3)世界中の生き物達が生きている(生きてきた)とはどのようなことなのか

それらを説明するためのブログだということを、改めてご理解下さい。

では、サミぃの基本的な生き物博士としての考え方を示します。ただ、これは、直接、捕鯨問題の問題点に焦点を当てられるかどうかは、不明です。ですが、精一杯述べさせていただきます。

まず、上記(1)(2)(3)のいずれにも関係することなのですが、サミぃは以前、「休講期間中」に「ソフトクリームについて」皆さんと雑談した際に、召し上がったお食事に「生き物」ではないものがあるかどうかを、皆様へお伺いしたことがございます。「生き物」ではないものは、「水」と「塩」だとサミぃは考えております。ご飯はお米、みそ汁は大豆、野菜炒めは野菜、卵焼きは卵、どんなものでも同じです。中には、好き好んで石を食べる人もいるかもしれませんが、お腹を壊さないようにと祈るだけです。

さて、私たちは「生き物」であり、「動物」です。だとすると、生物学的にはATPの消費によって、活動エネルギーを得ていることになりますし、そこには、代謝、すなわち、細胞の作り替え、あるいは解毒、分解、あらゆる生命現象が複雑に入り組んで、生命体は、「命」を維持しているのです。

では、どうやってその「命」を維持するための「材料」を得ているのでしょうか。当然、それは「食事」に他成りません。あまり宗教の話はしたくないのですが、日本人は、そうした「命」に感謝する意味で、「いただきます」「ごちそうさま」を習慣化しています。「命」を奪ってしまったことに、そうすることで自分たちが「生かされている」ということを、言葉にしているのです。「生き物」に感謝すること無く、食べものを与えてくれた「神様」に感謝する習慣の民族とは、考え方に大きなギャップがあると、いわざるを得ません。

さて、そうだとすると、サミぃは、こう考えます。すなわち、タンパク質摂取を目的とした、食材が「鯨」であろうと、「大豆」であろうと、「生きるため」に「食べる」、あるいは、「食べるため」に「生きる」ことには、変わりないと思うのです。世の中にはVegetarianと呼ばれる(自称?)人達がいらっしゃいます。しかし、そこで、食べる「大豆」は何でしょうか?当然、それは「種子」です。「子孫」なのです。誰が「子孫」を食べてもいいと言ったのでしょうか?

さらに続けます。聴講生のほとんどは「子羊」という言葉を聞いたことがあるでしょう。フランス料理の代表的な食材の一つです。なぜ、「子羊」が、珍重されるのでしょうか。答えは簡単です。「おいしい」からです。親羊ではそれほど、おいしくないからです。では、「子羊」とはどのくらいの「子ども」なのでしょうか。およそ、おっぱいを飲んでいる「子羊」のことを意味します。人間でいえば1歳の赤ちゃんということになります。

サミぃには、二人の子どもがいるので、もし、仮に、子どもが1歳になったときに、「ご苦労様でした。食料にするので、政府があずかります。ハイ100万円」などと言われたとしたら、かなりきついでしょう。無理でしょうね。命を懸けて戦うでしょう。それが、遺伝子を残す、子孫を残すということなのですから。

つまり、家畜であろうが、野生生物であろうが、栽培植物であろうが、「命」を頂いているということは変わらないということを、まず理解するべきだと、サミぃは考えるのです。牛や、豚や、鶏などの家畜、家禽が、どのように殺されているのかを、サミぃは知っています。しかし、そうしたことは、あまり多くの人には知られていません。

スーパーで買ってきた鶏肉に、「羽毛」が残っていただけで、消費生活センター問題に発展するこの現代社会、単に、古くからの漁を行っているだけで、漁師の方々が批判されるとするならば、その前に、まずは、自らの生活、あるいは、人生において、どれだけの「生き物」の「命」の「犠牲」の上に、自分が成り立っているのかを認識するべきです。

文化や、習慣、教育、そして、宗教、そして、それらによって発生した、感情や、相互理解できない事実、そうしたものに支配されている、あるいは、支配されなければ成らない「感情」をもつ「人類」(感情は多くの生き物が有しています。人間だけ有していると言っている訳ではございません)、同じ種である、我々Home sapiensが、今後の地球、あるいは、短期的には、生物多様性を維持するために、何をしなければならないか、何をしてはいけないか、それを「科学」による客観的データに基づいて考えるべきなのです。

私たちは、「業」、すなわち、自らが生きるために、多くの「生き物」を殺しているという「罪」を有しています。全ての人類が、それを持っているのです。死ぬまで、土に帰るまでそれは続くのです。それが「色即是空」という考え方なのです。特に、サミぃは仏教を崇拝している訳では在りません。こんなことは、浜村淳さんの「ありがとう浜村淳です」を聞いていれば分かることです。難しくはございません。

以上のように、サミぃは、小松正之先生や、多くの方々に、様々なことを教わりながら、成長しています。アラフォーの今、分かること、70歳くらいにならないと理解できないこと、様々です。だから今、サミぃはWhat is Life?を始めたのです。

サミぃの考えに賛同できる聴講生、賛同できない聴講生、理解は出来るけど納得はできない聴講生、色々でしょう。それが、もしかすると、「多様性」ということかもしれませんよね。どんな考えをお持ちになっても、それは自由です。しかし、「科学」は物事の「真理」を明らかにする「学問」です。ですから、そこには「客観性」があるわけです。「1+1=2」、これは宇宙のどこに行っても、地球人でも宇宙人でも変わらない事実なのです。それが「科学」すなわち「Science」なのです。冷静に、客観的事実に基づいて、正しく、真実を見つけ、そして、今後どうするのかを考えるためのデータと成るのです。それこそが、まだ、その他の霊長類には出来ていない、「人類」の優れたところなのでしょう。

初めに申し上げましたように、サミぃの基本的な考え方は、「直接、捕鯨問題の問題点に焦点を当てられるかどうかは、不明」だと言いました。皆様は、この講義を受講して、どのようなことをお感じになったでしょうか。賛成、反対、感想、なんでもWelcomeです。コメント、メール、何でもどうぞ。

次回は、小松正之先生のお考えを中心に講義を行います。以上です。今日は大分、時間を超過したようです。すみません。



本日の講義は以上です。最後に、出欠をとります。以下のバナーをクリックしたことで「出席」と認めます。


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