Thursday, January 17, 2013

What is Life? iPS細胞について(その3)


さて、それでは始めましょう。今回はiPS細胞についての3回目です。前回までに様々な生物学の基本について説明して参りました。

これまでの流れを簡単に振り返ってみましょう。まず、私たちはたった1個の受精卵から始まり、繰り返し細胞分裂を行うことで、細胞が「分化」し、およそ60兆個からなる体に成長しているのです。

しかし、怪我をするとその傷の部分に「再生」が起こり、細胞の「脱分化」や「幹細胞」が集まってくることで傷はほぼ完全に「修復」されるのです。

この「再生」や「脱分化」に関する謎を明らかにするきっかけとなった研究は、この度、山中先生とともにノーベル医学生理学賞を受賞されたイギリスのケンブリッジ大学教授ガードン博士が行ったカエルを用いた「初期化」に関する一連の研究です。

そうした様々な研究がなされている際に見つかってきたものが、この後説明する、動物の受精卵から細胞分裂を何度か繰り返した状態の「胚(はい)」から作り出された「ES細胞(胚性幹細胞:embryonic stem cell)」なのです。

これまで説明してきましたように、受精卵は将来体の全ての細胞の元になります。つまりどんな細胞にも「分化」する能力があるのです。受精後に何回か細胞分裂している間は全ての細胞が同じ性質、つまりどんな細胞にも「分化」できる能力を持っているのですが、ある時期を過ぎてしまう(要するに成長してくる)と、それぞれの細胞は「分化」を始めてしまうので、そうした性質は段々と薄れてしまうのです。

逆に考えてみましょう。受精卵から少し分裂したくらいの時期で細胞をバラバラにしてシャーレで培養してみると、どうでしょうか。それらの細胞はまだどんな細胞へも「分化」出来る状態なのですから、それらの細胞を神経細胞にしたいならそのための培養条件にし、皮膚細胞にしたいなら皮膚細胞にあった培養条件にするだけで、自在に細胞を「分化」させられるのです。

こうした細胞のことがまさに「ES細胞」なのです。この技術が生まれたことで、世界中の研究者や医師は本当に熱狂しました。どんな細胞にも「分化」させることが出来るのだったら、事故で失われてしまった足や、病気で機能を失ってしまった臓器でさえもこの「ES細胞」を使うことで作ることが出来るのではないかと、、。

確かにそれは理屈の上ではそうです。しかし、この「ES細胞」をそうした臓器移植を含む再生医療に応用するにはとても大きな問題が2つあったのです。

(1)まずは倫理的な問題です。受精卵と簡単に言いますが、それはどこから得てくるのでしょうか。私は先日「救世主兄弟」に関する連続コラムにおいて、人工授精の仕組みを説明しました。簡単に言うと、排卵誘発剤によって複数の卵子を得、精子と授精させ、培養した後に元気なものを母親の子宮に戻すのです。

戻す受精卵の数は基本的には1個です。そうでないと双子や三つ子になってしまうからです。でも顕微鏡を覗きながら行う顕微授精は得られた卵子全部に行うようです。つまり、母親の子宮に戻されなかったものであっても、もしそれが選ばれていたらその受精卵(正確には胚)が将来の夫婦間の子どもとなっていたかもしれないのです。

赤ちゃんとして生まれることが出来る運命を人の手で決める訳です。生まれてこない運命も人の手で決める訳です。さらに、この余った受精卵(胚)は「ES細胞」研究のために使われることもあるわけです。

現時点では主要国では法律によってES細胞研究に関する倫理規定が厳しく決められていることで、むやみやたらと研究することは出来ません。でもこの技術ならクローンを作ることも原理的には可能ですし、それよりも命とは何ぞや?という倫理問題がどうしてもつきまとう訳ですね。

(2)もう一つの問題は免疫の問題です。こちらも先日の「救世主兄弟」に関する連続コラムで示しましたが、人の免疫はお父さんとお母さんから一つずつもらった合計二つの遺伝子の組み合わせで決まるのです。それが完全に一致していないと移植された臓器は免疫拒絶(拒絶反応とも言う)が起こり、大変なことになります。

もちろん多くの場合は免疫抑制剤の使用によってそうした問題を解決するのですが、その副作用なども考えれば免疫の問題が無い方が好ましいのです。

「ES細胞」は言って見れば、どっかの男の人の精子と、どっかの女の人の卵子が授精して得られた胚を使って作る訳です。ですから、それが臓器の移植を必要としている患者さんと免疫の型が一致することなどおよそ望めません。

様々な培養条件の操作によって望みの臓器が作れたとしても、この免疫の型の問題を超えることは出来ない訳です。

こうした大きい2つの問題が議論されていた際に、ガードン博士による、カエルの核移植実験から得られた「初期化因子」の存在(の可能性)と、「ES細胞」がもつ特殊な性質、そしてヒトゲノムの解読、インターネットの進歩、そして医師としての山中先生の情熱、こうしたことが元になって山中先生は「ES細胞」を使わないで済む移植可能な万能細胞(後にiPS細胞と命名)のアイデアが浮かんだそうです。

簡単にそのアイデアを紹介します。まず、人の遺伝子DNAは長い長い百科事典のようなものだと説明してきました。その中の文字の数はヒトの場合何と60億文字もあるのです。400字詰め原稿用紙にして、1500万枚にも達する長い長い百科事典なのです。

ところが、その百科事典は意味不明な部分が大部分で、きちんとした文法によって意味が分かるところは数えてみるとおよそ3万行しかないことが分かってきたのです。これがヒトゲノムプロジェクトの最大の成果なのです。

この3万行とは百科事典のあちらこちらに点在していて、それぞれの文に含まれている単語は人によって少しずつ違う訳です。そうした3万行の文が皮膚の巻、筋肉の巻、神経の巻などに分類されているのが、ヒトゲノムの全体像だと言って問題ないかと思います。

さて、3万行は実は遺伝子の数に相当します。分かりやすく文が3万あるのだと説明しましたが、実際は遺伝子の数を意味するのです。以前から申し上げておりますように、働いている遺伝子の違いが「分化」そのものと言える訳です。翻って見れば、「ES細胞」の巻もそこにはあると言うことです。

もちろん、「ES細胞」の巻と「皮膚細胞」の巻には同じ文章も多少は含まれています。しかし、受精卵も含めて様々な細胞を比較していくと「ES細胞」の巻にしか書かれていない特別な文章が見つかってきた訳です。こうした作業はヒトゲノムプロジェクトや、インターネットの普及と、世界中の研究者が調べた遺伝子の情報が国際的なデータベースに保管されるようになってきたからなのです。

山中先生は受精卵やES細胞の巻にしか書かれていない文章(遺伝子)を最終的に24個発見しました。全部で60億文字からなり、さらに3万の文章があちこちに点在している複雑な状態からパソコンやインターネットを駆使して、この24個を見つけ出してきた訳です。

まだその段階ではこの24個がどのように関係しているのか、本当に「ES細胞」の特徴をその24個の文章だけで説明出来るかどうかは分かりませんでした。

ここからがものすごい仕事量だったはずです。培養している細胞に、この24個の遺伝子を様々な組み合わせで投入し、細胞の中でそれらの遺伝子を働かせてみると、場合によっては細胞が「ES細胞」と同じ性質に変化することが分かったのです。つまり「初期化」することに世界で初めて成功したのです。

しかし、当時は韓国の大学でヒトのES細胞を作ることが出来たと発表した教授の研究が実はまるっきりねつ造だったことが明らかとなり、山中先生も大発見をしていたにも関わらず、慎重に研究を進めていらっしゃったそうです。もし、不確定なものがあったまま発表し、やっぱり間違いでしたとはとても言えない世界状況にあったわけです。

その後の成果については既に皆さんがご存知の通りです。最終的に4つの遺伝子が必要だということを突き止め、それを世界一の科学雑誌において発表されたのです。そこにはライバルがいたことや、様々な幸運があったことなど、色々な逸話があるようですが、その辺に関してはきっと私よりも皆さんの方がお詳しいでしょうね。

さて、駆け足で「iPS細胞」の誕生まで説明してきました。今回は「ES細胞」や「ヒトゲノムプロジェクト」、「免疫」など様々なキーワードが登場しましたが、ご理解いただけましたでしょうか。

「免疫」に関しては私が以前書きました「救世主兄弟について」の連続コラム(10月5ー7日)が参考になるかと思いますし、生物学の基礎的情報に関しては同じく「老化と再生医療と若返りについて」の連続コラム(9月17-29日)が理解に役立つかと思います。

ご興味がございましたらそちらもご覧下さい。もし見つけられなかった場合はご連絡ください。URLをお伝えします。

さて、今日のまとめです。

今日は主に「ES細胞」に関して、その特徴と問題点について説明し、大きな問題が2つあるとお話ししました。1つは倫理問題、もう1つは免疫の問題です。それをどちらも解決するものとして「iPS細胞」が誕生した訳です。

まだ「iPS細胞」がどのようなものであるかの説明が出来ていませんので、それらについては次回「iPS細胞について(その4)」で採り上げたいと思います。お楽しみに。

本日の講義は以上です。最後に、出欠をとります。以下のバナーをクリックしたことで「出席」と認めます。

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